今日が「母の日」に変わる一言
あなたの大切なお母さんの余命
こんにちは、こまちです。
最近読んだ本に、すごいことが書いてありました。
それは、「わたしの親の余命」。
わたしはここ1、2年。
1年のうちでお正月ともう1回ほど、実家に帰っています。
合わせてだいたい5日間ほど。
帰ると、1日あたり6時間ほど一緒にいるので、1年のうちで5日×6時間=30時間を一緒にいます。
おかんは、今年の9月で62歳。
女性の平均寿命がおよそ87歳なので、あと25年ほどだと考えると、30時間×25年=750時間。
日に換算すると、約31日。
つまり、あなたの大切なお母さんの余命は、1ヵ月です。
わたしのおかんが望むこと
わたしの人生で、必ず実現することの一つは、「子供をおかんにだっこさせること」。
その前に、「大切な人を紹介しに行くこと」。
わたしのおかんは、わたしがお金持ちになろうが、ならなかろうが、あんまりどっちでもいいと思います。
それよりも、健康で、自分らしく生きていることを望んでいる気がします。
溺愛しているトイプードルの「ひなた」と、群馬の実家で2人暮らし。
最近はハンモックヨガにハマり、たまに陶芸で超大作をつくっています。
今年のGWは、「一緒に旅行へ行こう」と言われました。
既に予定があったので、断りました。
改めて思います。親孝行も、しっかりやります。
おばあちゃん、おかん、わたしのいのち
おばあちゃんが死んだのは、うちの風呂場でした。
発見したのは、おばあちゃんと2人暮らしをしていたおかん。
せっかちでいつも早風呂なおばあちゃんが中々上がってこないのを心配して、見に行って。
大好きだった人が、命を終える瞬間を、おかんは立ち合いました。
おばあちゃんは、受け入れてくれる病院がなくて、色んな病院を救急車で回ったのだそう。
東京からわたしが駆け付けた時には、もうほとんど脈がなかった。
人はいつか死ぬのだと。
刻んだはずなのに、忘れていました。
仕事でバタバタした、今日の数時間も。
食べ過ぎてしまったなという後悔も。
食後のコーヒーがとっても美味しかったのも。
いのち。
わたしも健康にまっとうしたとして、桜を見るのはあと55回。
だったら。今年一年は、過去最高に良かったと笑える一年に。
わたしもいつか死ぬ。
それなら、誰に何を言われようと、わたしを生きる。
というより、どう生きたとしても、わたしを生きているのだと。
今日、その本を読んで、受け入れられました。
自分で今の自分を選んで、今日を選択して、命を最大限にまっとうしている。
かっちょよくなくても、理想と違くても。
もう、すでに、わたしを生きてる。
うおーって全力ぽくしなくても、今日が今日のわたしにとって、精一杯の一日。
その一日を、わたしを、わたしは生きた。
今日の命を、受け取ろう。
余命1ヵ月なら。
堂々と、言える。
今日は「おかんの日」だ。
産んでくれて、ありがとう。
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